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2006年2月27日(月)ちょいムチオヤジ

私はいまだに滅多な事では携帯のメールを使わない。やっぱり打つのが大変だからだ。なんとか文字数を少なくして相手に用件を伝えよう、、と思うと、お互いの共通省略語などを使う事が多い。そんな携帯メール文化が拍車をかけたのか最近凄い省略語の荒らしだ。思えばキモイなんてもう他に表現しようがないかもしれない。
さて、Mが「ここにさ〜ゴルフのまあまあなウェアがのっているよ〜」と持って来た雑誌L○ONが凄かった。なんせ見出しが「モテるオヤジのちょいワルスーツ」だ。
ちょっと開いてみれば「ちょいムチボディを格上げするニューAライン」とか
「ちょいロクゴルフオヤジは真っ黒マッスルバック!」とか。。
凄いのだ。最初の頃はこのロク(ろくでなし)とロクヒル(六本木ヒルズ)オヤジのロクの違いに気づかなかったりして読解が大変だったがだんだん慣れてくると、なんだか仲間意識が出て来て親しさもわいてきたりする。おそらくこの省略語というのは身内感を高める効果があるのかもしれない。同じ暗号を解ける仲間意識なものであろう。
それにしてもだ。どっからどこまでもオヤジがオンナにモテルノウハウをとことん金を使わせて教え込もうというこの雑誌も凄いもんがある。そしてよく読むとほとんどに「ちょい」という接頭語がついている。「ちょいムチボディ」と言われるのと「小太り」と言われるのではかなり痛手が違う。ちょい、で、なんとなく曖昧にして気楽にしてしまうのだ。省略語にはキツい言葉を曖昧にしてさらに仲間意識を高める共犯的喜びがあるのだろう。そしてさらに「ちょい」を付けより曖昧にして参加しやすくしてしまう。まあ言うなれば昔のハウスのサンプリングのようなもんでネタがちょろっとわかるとシメシメと喜びみんなで盛り上がるようなものか。。。しかしやっぱりちょいムチオヤジが「小麦と戯れながらふたりで作る手打ちパスタ」とか読んで妄想している図はカワイイとも言えるがキモイのであったぞ、と。

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2006年2月24日(金)42

誰にでも自分用の数字のようなものがあるような気がする。その場限りの暗証番号やパスワードなど、最近ではネットに必ずつきもので、いつでもだいたい同じ数字を私は使っているような気がする。スポーツクラブのロッカーではいつもだいたい441を選ぶ。何かというとサンプルレートの44.1khzだからだ。そこが空いていないと、自分の誕生日の427を選ぶ。
私はいまだに録音は48khz,24bitが主流だが常時96番とか選んでいる96khz野郎もいっぱいいるんだろうなあ、、といつも441に荷物を入れる度に思う。
さて、今年のラッキナンバーはドクターコバによると4と2だという。ぉお!私の誕生日が二つも入っているのだ。日本はこの4と2を嫌う傾向がある中、私の誕生日なんか「死にな!」と言われては生きながらえている気分であったので、今年だけはドクターコパの助言を聞いてあげてもいいか、、と思った。
気づけば生活のほとんどを時間、日付、と数字に支配されているような気もする。音楽を録音する時ですら「う〜ん、、この程度のもんなら441、16bitでいいや。。」とかケチったりするし、。。という訳で今日はラッキーナンバーづくし第一弾の224である。2月24日だ。そしてお次ぎは422、424だぞ、と。

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2006年2月19日(日)魑魅魍魎保存

群馬の実家の母が「そろそろお雛様を出して飾るよ」と言って来た。ただしピタっと3月3日にはしまう。まあ何を今更という感じだが、なぜかうちの実家はそういう迷信が山のようにあり、かなりその迷信を忠実に守って生活しているし、私もさせられて来た。姿見はカバーしなくてはいけなく、夜には笛を吹くと魔物が来るのでいけなく、爪も切ると親の死に目に会えず、山吹やツツジのように赤や黄の花を部屋に飾ると火事になるからだめで、大切な勝負の時はトイレ掃除を念入りにする事、、、等等。。いつでも日常があらゆる魔物や縁起に支配されているような感じだった。中でも絶対的な毎日の行事は「朝っ茶はその日の難逃れ」と毎朝絶対にどんなに時間がなくても緑茶を飲まされてからどこかに出かけていた。いまだに例えコーヒーでも飲んでから出かけないといけないような気がしてならない。きっと茶を飲むくらいの余裕をもって行動をはじめなさい、、という事なのだろう。
風水もそうだが長年の統計学のようなものから言い伝えられているこういった日常のタブーや縁起かつぎはやはり受け継いで言い伝え、是非とも日本の魑魅魍魎、魔物達を守っていかねばいかんと、ふとお雛様から連想したのであったぞ、と。

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2006年2月12日(日)不忍池

不忍池には格別の思い入れがある。芸大に落ちる度に呆然と池のほとりにたたずんだりしたし、晴れて受かって通ってた時もさぼって一人ぼや〜〜っと人生をはかなんだりしてたりした。さて、ひさびさに上野の不忍池のほとりに出向いた。芸大の時お世話になったS先生の退官祝いパーティに出席したのだ。S先生には受験時代(浪人時代ともいう)から教えてもらった。作曲もそうだが作曲科を受ける為に和声が苦手だった私に赤本(和声一巻。入試までには最低3巻終了し、さらに応用が必要)からやれ!と無謀な案を出し、渋々絶対間に合わないのにやりはじめたのがかなり辛くしかも厳しかったので先生のお宅の江戸川まで通うのが恐怖だった。結局私は、その和声というものが感覚として頭にないのか、よく理解できぬまま模範解答(捨てろと言われていたが、、)をピアノで毎日何回も弾き暗譜するくらいまで弾いて指で覚えた。まあ結局それが今の作曲に繋がっているような気がする。
一音一音厳しく吟味するという感覚を耳で覚えたのは良かったかもしれない。
そして一番先生に恩を感じているのは、そんな悶々としたレッスンに向かない私に「音楽コンクールに出してみれば?」と受験とは関係ない作曲をやらせてくれた事だ。
その時代、世を疎んで家族とも離れ群馬の田舎のボロ屋に畑耕しながら一人暮らししてた私は朝から晩までずっとピアノに向かってたのだが、そのコンクール向けの自由な作曲が何よりも気晴らしになった。牛の声かカエルの声しか聴こえない中、週に一回だけ江戸川に通ってレッスンしては、いろいろなレコードを仕入れ楽譜を仕入れまた田舎にこもった。結局なぜか浪人時代に賞をいただき、それが自分への大きな自信となったのだ。そんな自信を与えてくれたのがS先生だから、本当に心から感謝している。
人生の節目や岐路には必ず大切な師匠がいるもので、それが恩師だったり友人だったり恋人だったりいろいろだが、墓参り(失礼)のように記念日でも作って、不忍池に参ったり
しつつ思い返すのは大切な事だと思ったのであった、ぞ。と。。

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2006年2月11日(土)表参道ヒルズ

表参道ヒルズがオープンする。設計者の安藤忠雄がインタビューで興味深い事を言っていた。
「街と歴史との対話が大切だ。
住む人と、通り過ぎ利用する人との思いの違いが難しい。
利益追求の高層マンションより人の住む建物なんてきっとこのくらいの高さが自然だろう。」
こんな事を言っていた。
このままの言葉はそのまま私の音楽の思いと似ている。高層マンション的刺激的かつ利益追求の音が氾濫している。まあそれもカッコイイし雑誌のように必要があるのだからそれでいい。しかしずっとそこに住み続け記憶に残し後世に伝えたいか、というとまた違う。そこまで思うと、どのような建築を作るのか変わって行くのかもしれない。今の利益より後の人への心へ伝える事まで考えればだ。そして以前私も高層マンション的刺激こそが抜きん出る事こそが大切だと思っていたが、人には知覚の限界と心地良いデータ量のようなものがあるような気がしてきた。それこそ3階くらいの目線までがちょうどよいのかもしれない。
昨年ベルリンに行ったとき、工事中の建物の周りに覆っているテントシートに以前の建物のそっくり絵が書いてあったのはかなり面白かった。写真にとるとまるでだまし絵のようだった。街並をいかに大切にしているかがよく伝わりじ〜ンとした記憶がある。

最近昔の建造物の歴史的価値を街に残すため新しくしても特徴ある古い部材をポイントで使うのが流行っているそうだ。それも一つの手かもしれない。音楽もファッションも今はそんな手法が当然のように行われている。
これから先、例えば高速道路が歴史的建造物なのか?のようにもう寿命がきているモノが山のようにある街で(まあ今住んでいるアジトもそうだが)何を後世に残したい象徴とし、選択し現代と照らし合わせて人の心に歴史と未来を交差させていくのか、まるっきり音楽も同じである、と思ったのであった、ぞ、と。

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2006年2月8日(水)家具の音楽

常々思う事がある。私は絶対音感のせいか音楽が流れていると会話ができない。そのせいかレストランやカフェの音楽の音がいつも大きすぎるように思ってならない。ときどき店員に「すいませんが音量をもう少し小さくして下さい」とお願いして営業妨害にもなりかねない事をしている、、が、こっちは客だ。ある程度の快適は求めていいのだ。快適な音量とは思うに、例えば恋人同士がちょっと秘密めいたヒソヒソ話を楽しく笑いを含みながらしても隣のテーブルに全貌がわからない程度に音楽が消す程度かなあ、と思う。食事は食べる事より会話を楽しむものだ。だからこそ、素材のどこそこ産のナニナニにこだわるならば音楽の質と音量にもっと細心の注意を配ってほしい。最近インテリアはそこそこカッコイイ店が増えたのだが音楽がまだまだカッコワルイ。例えば和食屋でジャズとかかけられるとどうも厨房にジャン・レノばりの初老のごま塩頭のオヤジがごま塩ヒゲで作ってそうで気がひける。。この店でこの食器ならばアノ音楽かけたら小粋だろうなあ、、とか時々妄想する。だが、小粋といっても例えば御近所にできたお洒落な岩盤浴屋でインテリアもシックでモダンなのだが音楽までエレクトロとかプチプチポロポロお洒落なのをかけられていてこれには参った。やりすぎでちっとも気が休まらないのだ。ミュージックセラピーやヒーリングとかいう大袈裟なものではなく、街角のちょっとした音楽をもうちょっと快適にお洒落にしてほしいと思う。昔エリックサティが「家具の音楽」という命名のもと「人から意識的に聴かれない音楽、そこにあっても日常生活を全く妨げないが、家具のようにちょっと雰囲気を変える音楽」を模索して作っていた。今のカフェミュージックとかわざとらしい音楽より、はるかに知的かつ自然なものを指すように思う。ぞ、と。

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2006年2月1日(水)ゴッドファーザー

最近ハマった映画がある。「ゴッドファーザー」だ。CMで一緒になった監督のTさんに「ゴッドファーザーがやっぱり凄い」と勧められていたもののあまりに有名すぎる映画だしマフィアもんだし、と見ずにいたが試しに見てみたら凄い!これぞ男の美学だぜ。とハマり、パート2もパート3も借りて見たがやはり圧巻は最初の1作目であった。マフィア感溢れるし裏切り者はガンガン殺すし、コルレオーネ一家の団結も涙モノだった。そしてやっぱりニノロータの音楽が哀愁があって抜群なのだ。まあアルパチーノが好みというのもあるが。。
以前レーベルを作ろうと思ったときにレーベル名に「書上一家」とかどうよ?という案があった。もちろんマークは家紋である。しかしちょうどそのころ時代はイマージュとかほんわか「癒し」とかいってた時だったので強烈かも、、とやめたのだ。
私は孤独を愛しつついつもファミリーというものに憧れているのかもしれない。自分の本物の家族や親戚はかなり自由であるのであまり仲間感もなくいつも野放しで生きてきたし、音楽的にもいつも独創的とか言われるのは嬉しいのだが、例えばR&Bとかもっと大きくブラックとかそんなファミリー感ある同じジャンルやっているぜ的「お〜!よ〜元気〜」なんていう仲間はいない。実は結構寂しい。
「ファミリーマート」とかコンビニ名もよく考えれば寂しいもんである。あそこにぶら〜り深夜に集うのはほとんど一人ものだ。「あなたと一緒にアローンマート♪」ではなんか背後霊ぽくて怖い。やはり人は本来ファミリーに憧れ団結も求めるものなのかもしれぬ。
核家族とかディンクスとかが普通になってしまった日本だが、そろそろ大家族の時代にまたなって、怖いオヤジが一家にひとりいてもいいのでは、、と思うのであったぞ、と。

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