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2004年5月1日(土) ぬかよろこび

実家から財布が送られてくる時、念には念をという事らしく、クール宅急便で漬け物樽のなかに糠とキュウリにまみれて財布が入っているという厳重ブリであった。案の定財布とはバレずに無事到着した。糠とはいえ、まだ糠ミソ前のサラサラの物だ。ここまでセットで送られてきては糠床を作らねばならぬ状況になったのだが一度作ったら毎日かき回さねばならぬ。イケてるミックスしている最中に「ハ!」と糠をかき回すのはどうもなあ。。とか思いつつも同じ屋根の下に生きている糠菌と一緒に生活するのもまあ寂しくないかもしれぬ、、と共存していく事にし糠床を作ったのであった。これで私は何億もの菌に必要とされる人物になったのだぞ。と。

2004年5月3日(月) 割れないデモ

焦って仕事のデモを仕上げるとき一番気にするのは音割れだ。「コレ気に入ってもらえるといいなあ」とかザクザク作っているとどんどん全部の音がデカくなってしまう。さて。。仕事場付近はかなりのデモ地帯である。休日となるとどこからか有象無象と人の大軍が主義主張を唱え練り歩くのだが、主義主張はいいことだ。唱えるのも大切な事だ。だがとにかくウルサイ。このあいだは「戦争反対〜〜!」と女性がハゲシイ。「ああ、反対だけど。。」とか思いつつ作業を中断していたらイキナリハイトーンオペラボイス超ビブラートかけまくりでアカペラでなんやら歌い出した。む!これにはカナリ腹が立ち思わず下界までかけ降り「あのぉ〜どうでもいいんですが音量デカスギ音割れてますし〜歌は主義と関係ないでしょ〜!」と言いそうになった。なんもノンビブラートで禁欲的に歌えというプラネタ押し付けるわけではないが、中正ヨーロッパで司教がノンビブラートで大衆に主義を唱えていた訳がよぉく解る。ちゃんと言葉が伝わるのだ。やはり、いつも思うがサンレコで「適正音量でグっとくるデモ行進」とかの特集を組むべきだ。もしくは「エンジニア直伝!デモはこうやれ!」とか、か。。。「民衆の心を逆なでするこの帯域をカット」とか「コンプ(圧力)をこうカマせば心に響く」とか、、うーん。なんでもデカいのがいいと思ってちゃいかんのだ。テクだよテク。だぞ、と。

2004年5月4日(火) 無線LAN

遠隔操作というものはかなり魅力的である。なんだか自分が超能力者になったかのようで、リモコンとか生まれて始めて操作した時はかなり興奮した。なんだか機械どもが自分に従順に従っている感がたまらんのだ。「おりゃあ!」とボタンを押せばピピっと反応。。うう。いい。機械はこうでなくちゃいかんのだ。ウチは仕事場が上にリビングが下にあるメゾネットになっている。たかだか上下なのだがオタクな私としてはいつでもMacが傍らにあるのがホっとする。で、無線LANにしてどこでもiBookを持ち歩いてみている今日このごろだ。だがかなり電波が弱く無線とはいえベースステーションの位置がかなり気になる。そういえば、ばあちゃんやじいちゃんもリモコンをほぼ本体の激近でよく操作してたなあ。。と思いだした。ケイタイもアンテナの数が気になるし、やはり繋がっているもんにはかなわんなあ。。うーん。電波とかアヤフヤなもんじゃなくもうちょっとイイ方法はないのかなあ。。と開発を願う今日この頃であったのである、ぞ。と。

2004年5月8日(土) 防音ブース

注文から一ヶ月待ちやっと防音ブースが届いた。部屋の内側にもう一部屋作るのだ。それはそれでいいのだが、機材のばらし搬入、設置がかなり面倒くさかった。私の場合エンジニアではないので作曲のためのブースとともに、自分の歌入れ、あとは他人の歌入れのときに私がディレクション兼ツールスのオペレーターもしたいという願望からいろいろ考えた末、ボーカルブースに最小限音の出ない機材を置いてオペレートするというような作りにした。ブースにはドアが二つあり一つは普通の出入り用、もう一つは機材置き場に出入り用だ。機材置き場にはMac等の回転音とかがうるさいもの、電源等が設置してある。いつも思うが私は知能テストとかの値が実は異常に低い。妄想には長けているものの具体的な設置の場所や配線の仕方がどうしても想像つき難く結局は、機材を見ながら配線しながら何度もやりなおしつつ設置した。朝の8時に始め結局次の日の朝の8時になってしまった。よく24時間もやりつつけるよなあ。。としみじみ。食う寝る忘れてプラモ作りに熱中するような感じかな。。そして、すべてやり終わって清々しい達成間とともに、鏡を見、我にかえりビタミン剤を大量に飲み、アンチエイジングのブチ高い化粧品をドカっと注文して寝たのであった、ぞ、と。

2004年5月9日(日) ひしめく快楽

都築さんと箱庭感覚についてお話した事がある。都築さんは私のかなり好きな写真家の1人なのだが、デコラトラックやイメクラなどが箱庭感覚の最先端なのでは。。という話しで盛り上がった。狭い空間にひしめく快楽だ。そもそも箱庭感覚こそ日本人特有の価値観だと思う。その結果携帯電話の異常な詰め込み機能が世界で唯一発達したのだと常々思う。なぜそもそも電話だったものにカメラがつき、mp3が付き、目覚ましから計算機からはたまたテレビも見ようという。「携帯をなくした」という事件は「財布をなくした」より重大な今日この頃らしい。私は携帯電話そのものをほとんど使わない珍しい日本人なのだが、サクサクと使いこなしている皆様方を見るとスゲ〜〜っと思う。しかも新機能が次から次へと出るのに日本津々浦々の人々はちゃんと対応しているのがますます凄い。なんだかコタツの回りにリモコンからティッシュから電気釜から溢れる色彩で置いて生活しているの図と似ている。なぜなのだろう?なぜ日本人だけが箱庭感覚がたまらなく秀でて大好きなのだろう。。。なぞだ、ぞ、と。

2004年5月12日(水) マックイーン

私は実際の自分のファッションとは余り関係なくコレクションの映像などを見るのが好きだ。ファッションショーは必ずやブランドデザイナーごとに今回のコレクションのテーマというものを決め、例えば「マスキュリン」や、もっとおおまかに「クラシック回帰」とか。。。今回はダントツ、アレキサンダーマックイーンがかっこよかった。ジバンシイでデビューした時はかなりかっこよかったがそれ以降どうもパっとしなくこのまま消えるんだろうなあっと思いきや今回はやり過ぎず押し付けがましくなく上質で好きだったなあ。特に無性感がいいなあっと感じた。 さてさて音楽のアルバムを作る時、私はひそかにファッションショーのようにテーマを決めている。かなり具体的に「中世の石畳」とかイメージを言ったりする。(ひとりよがりなんで現場ではかえって解らなくなる事が多いが、、)やはりコンピレーション流行りのこの御時世、アルバムの意味とは?といつも思うのである。映画のように別世界に連れ去られ主人公になりきって涙流せるようなものがやはりいいなあ。。っと思う今日この頃である。今自分にピンとくるテーマというものがやはり大切だぞ、と。

2004年5月16日(日) 背中は語る

ここの所、できたブースでの録音がずっと続いている。歌手の人をよんで歌ってもらい録音のオペレートは私がするのだ。歌手の人は私のオペレートする背中を見つつ同じブース内で歌う訳だが、気の弱い歌手だったらメゲるかもしれないっとふと思った。だ〜〜っとプロツールスで録音していくと波形がでてくるのだが、出てくるそばからダメテイクだと容赦なく途中で止めて消す。外のスタジオならばアシスタントがツールスを操作するので、私が「止めてください」と言わない限り録音しつづけ、歌手も歌い続けるのだ。このやりとりでどのくらいの時間を無駄にするか、、と常々思っていた私は、ブース内で同じ空気を吸いつつ録音を一瞬でバスっと止め消しウムを言わず同じ所からくり返す。プロツールスになってから録音という気合いが無くなっただなんだ、と言われつつだが、時代はもう変わってしまっているのだからしょうがない。炎の一発どりがしたきゃすればいいのだし、なおしたいならなおせば良い。
しかし。。。私の微妙な背中の動きを見ながら歌っている歌手の身になると。。。かなり可哀想かもしれない、フっとナニゲなくマイクプリを弄ってもドキっとするかもしれないし。。と、思えば私もエレガントな動きの後ろ姿で滑らかに作業せねばなのか、、だ、ぞと。

2004年5月19日(水) 隣人

隣人はかなりキャラが濃い。見た目はかなり地味め、イイ人風なのだがそういう人に限って濃いもんだ。相変わらず自分達の手で内装工事を進め夫婦仲良く汗を流している様はじ〜〜んとする。今日はばったり玄関で会った。が、、え?ここはチベット?山登りのような、もしくは千葉のおばあちゃんのような背中に巨大な荷物をしょい、ザクザク廃虚の廊下を歩いて来た。ブロックを10個くらいしょっている。凄過ぎる。いったい何処から運んでいるんだろう。。ちなみにウチの廃虚はかなりの都心、繁華街、である。住んでいるから部屋着で外にうっかり出ると下界はかなりキメキメなねえちゃんの世の中でいつもしまった。。と思うような所だ。私はといえば、大根一つ運ぶのも面倒でいつもネットスーパーでほとんど買って運ばせているというのに隣人は凄い。思わず「いやあ凄いですねえ、」と声かけると「あ〜のんびりやってますから〜」っと。いいつつ、その後カナリ激しい電動ノコギリ音が轟いた。今日は録音なのでノイズ入るとまずいので謝りつつ「すいません、ブース音もれちゃって響くんで今日はやめてください〜〜」っと言ってしまった。
は〜〜。。私としたら、業者をよんでいただきザクザク終わらせてし欲しいのだが、夫婦でつぶらな瞳で見つめられると弱いのである。新婚って凄いパワーだぞ、と。
だが、、そのパワーは別のモンに使えよな。。と。。も言える。

2004年5月20日(木) 愛のロマンス

プラネタのアルバム五枚目が発売された。「愛のロマンス」だ。禁じられた遊びの原曲のタイトルなわけだ。確か冬に作ったんだよなあ。。と不思議な気分でいつも発売されるアルバムを振り返るわけだが。。今回は本当にいいアルバムができたように思う(と毎回思うのだが、、)
不思議な事にいつも感じていた事がある。学生のころピアノのレッスンでもなんでも先生がわかったような顔して「もっと作曲者の気持ちを表現しなさい!」と良く言ったもんだ。クラシックというものはいろんな研究家がいろんな解釈をしソレこそが真っ当な正当な演奏方法だなんだという論理がまかりとおっている。作曲家になってわかった事は、そんな自分の時代背景をおもんばかってレッスンされちゃあたまらんぞ、と。「書上さんはあのプラネタのアルバムを作ったころ○●との恋愛がうまくいってなかったのに頑張って愛のロマンスをつくったから〜〜その気持ちをもっと。。。」〜だなんだと言われたかないぞ、と。
、、てな訳で、これからコンサートでどんなふうにメンバーのみんなが表現してくれるのかを楽しみにするのである。ぞ。と。

2004年5月22日(土) 生命保険

私は、はっきり言えば金銭感覚がうすぼんやりしている。そんな私が何を間違ったか大学出るころ友人の大病を経験し生命保険にかなりきちんとやみくもに入っているのだ。その保険のお姉さんが今日なんかの書き換えでわざわざウチまで訪ねて来てなんやかんやと不安をあおる事をわかりやすくしようと言ってくれる。「あの〜これはですねえワタリテツヤさんの例ですが。。」とか。。言われたところで「誰?姉さんのお友達ですか?」と答えてしまうような不毛な会話がずっと続き、挙げ句「あの〜〜Macがオカシイんですけど〜」っとエンジニアに呼ばれ延々お待たせしたら、やっと私の現状を把握してくれ、保険の見直しをいろいろ言ってくれた。とは言え、一寸先は闇のこの仕事。60歳の心配より来年の心配だ。というか心配してたらやってられない。安全な将来設計の為の〜〜やら、充実した老後の為に、、なぞ。。まったくわからない。しかし、、生命保険とはなんとも大それた凄いネーミングだ。こういうのをマイナス思考というのか?死んだら、、とか、死にかけたら、、などと普通には考えぬ。
ソレを幾らかに換算するというのはホント凄い。
恋愛保険、、とかあったらいいかもなあ。毎回の恋愛に自分で保険をかけ破綻した時それ相応の保証がでる。。とか。。「完全介護が必要なほどのダメージを受けた時」とかいろんな項目があるのだ。振った場合にはお金が入らず振られた場合に入るのだ。
もちろん男女二人で入るのだ。う〜〜ん。ニーズありそう。だぞ、と。

2004年5月25日(火) 横文字系

ふと新幹線に乗っていて気付いた事がある。必ず日本語で駅名とかを言ったあとに「ウイ〜ノ」のようなもちろん「イ」にアクセントついた横文字系の日本語が放送されてた。が、、最近駅名などの発音は日本語と同じになっている。そう言わなきゃ変だよなあ。っと前から思ってただけにホっとした。
さて、、今日は大坂で全日空ホテルに泊まったのだが、タクシーの運ちゃんに連れてかれたのは日航ホテルだった。「ニックー」と「ニッコー」は似ているが、、「全」がついたのになあ、、っと。なんか発音が微妙だったのかなあ、、とかみんなでブツブツ考えた。じゃあ今度「全ニッコー」とか言ってみるかあ。。とか。。
そうそう、日本とはいえ西と東ではかなりアクセント違うんだよなあ。。としみじみしたのであるぞ。と。

2004年5月28日(金) あっという間

今日、仕事場から外に出たらそっれはそれは激大量のおばちゃんがちっこいリュックをしょって帽子をかぶって、、のような似たファッションで山のようにいた。大軍だ。昔習ったバッタが大量に発生した時ガケから大軍で飛び下りるとかなんとかいう生物の授業を頭にかすめつつかきわけやっと用事をすませ帰宅。夜出ると、まだまだ大軍が移動中だった。「うーん、この街にはトゲ抜き地蔵はなかったはずだが。。」とか思いつつ、またかき分けている時、ふっと、思った。みんなちっこいのだ。私は「イムヌ」というアルバムのとき50cmヒールをはいてたせいかイメージがデカイ人というイメージがあるらしいが、実は身長は160cmくらいで小柄なのだ。その私より小さいという事は150あるかないかの大軍だ。だが、おばちゃんとはいえ化石という訳ではない。100歳も離れていないのにすでにもう人類はというか日本人はこんなにも進化(変化)している。うーん凄い。
。。と言っている私も、あまりにMacの使い過ぎトラックボールのいじりすぎで人さし指が内側に曲がって変型してしまい、慌てて親指でいじるトラックボールに変えた。
プールに行けば異常に体型だけが若々しいじいちゃんとかもいるし。夫婦や恋人なぞかなり顔が似て来てたりする。じいちゃんは努力のたまものだとしても、恋人同士なぞ同化変化するのはかなり短い期間だ。
うーん。謎だ。
理解したい、愛されたい、、愛したいとか思っていると顔とかぐにゅ〜〜〜っと変型しはじめているというのは、かなり恐い。
恋人じゃなくったって同じ会社、同じ職業ではカナリ似通って変型している。
どっちにしろ人の変型なぞあっという間の出来事のだ。。と、なぜか今日、おばちゃんの大軍(なぜいたのだ、、しかし。。)を見てじーんと思ったのであったぞ。と。

2004年5月29日(土) 進むって

私のかなり好きなドナレジーナ(donna regina )の90年代のCD[Planet Me]をMoがもってきてくれ「お〜またまたかなりチープなジャケだなあ」と言いつつ聴いてみると、これこそ私の好きなドナレジーナだった。作っているのが楽しくてしょうがない感じが伝わってくる。かなり内容もチープなのだがそんなのはどうでもよい。だる〜い感じながらちょい荒みがいいのだ。聴きながら「進む」という事の不思議を感じた。最新作より好きな旧作を発見するのはやや悲しい。明日は我が身だ。いつも作っている時自分の昔の作品を聴いては、今進んでいるような気がするけど退化しているんじゃあ。。と不安になる。そういえば、ふと、、昔愛用していたサンプラーを引っ張りだして来てセットアップした。パッドになってそこにネタを振り分けるのでいざというときすぐに叩いて音がだせる。昔延々遊んでたものだ。人(オトコ)も機材も新しいほうが良く見えるが
その為に大切なナニカをかなり失って途方もない方へ進むこともあるのだろうなあ。。っと。

2004年5月30日(日) ブラッドオレンジ

韓国映画のプロモーションビデオにBAROQUEの「Bread and Wine」が使われているのだが、かなりハマっていたので面白かった。。聖書の言葉の「ワインを私の血と思って飲みなさい。。。」の節が小さいころから恐く、パンを食べる度に「コレがキリストの肉かあ。。」とか思いながらビクビクしていたものだ。「Bread and Wine」では、もじって「私の血をワインと思って飲みなさい」だなんだと言っている。別段SM趣味という訳ではなく小さいころの記憶のあいまいな恐さを引用しているのだ。恐いと言えば忘れられないのが、ばあちゃんが、いっつもソルダムを食べる時「人間の肉の味だ」と言ってたのがカナリ恐かった。これまた、ばあちゃん程ともなると人間の肉の味を知っているもんだろうっと勝手に想像し、ゾワ〜〜っとしつつソルダムをかじっていた。そんな私が最近ハマているのがブラッドオレンジジュースだ。ボンヌママンのビン入りのがやはりなまなましくお気に入りで大量に買い込み真っ赤なのをグビグビやっている。だがやはり「血みかん」だ。赤くて甘酸っぱくて。。果肉もちらほら。。今度怪我したとき味比べしてみよう、と。

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